権利関係が複雑な土地は、交渉の技術で解くものではありません。誰の同意が法律上必要なのかを最初に確定させ、そのうえで順番を設計する仕事です。
共有地なら全員の同意、借地権なら地主と借地人の双方、相続未了なら相続人の確定が先。ここを飛ばして価格交渉に入ると、時間だけが過ぎます。専門家を早い段階で巻き込むのが結果的に最短です。
他社が手を出さない土地を仕入れられるかどうかは、用地仕入れ担当者の価値を大きく左右します。そして手を出さない理由のほとんどが権利関係です。この記事では、複雑な土地のパターンを整理し、それぞれで法律上どこまでの同意が要るのかを条文に当たりながら確認し、進め方の順番まで落とします。
1. 「複雑」の中身を分類する

| パターン | 論点 | 最初にやること |
|---|---|---|
| 共有名義 | 売却には共有者全員の同意が要る | 持分と共有者の所在を確認する |
| 相続未了 | 相続人が確定していない | 戸籍で相続人の範囲を追う |
| 借地権付き | 底地と借地権が別人 | 契約内容と残存期間を確認する |
| 私道・通行権 | 持分不足、掘削承諾の欠如 | 私道の所有者と承諾の要否を確認する |
| 越境 | 建物・塀・配管が隣地にかかる | 越境物の特定と覚書の有無 |
複雑さの種類が違えば、必要な専門家も、かかる期間も変わります。最初の面談で「どのパターンか」を特定できると、その後の進め方がまったく変わります。
2. 共有地は「誰の同意が要るか」で決まる
共有物の管理に関する事項は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決するとされています(民法第252条第1項)。一方、共有物に変更を加えるには、原則として他の共有者全員の同意が必要です(民法第251条第1項)。土地全体を売却するのは処分にあたるため、共有者全員の合意がなければ成立しません。
つまり、持分の大きい共有者だけを説得しても、全体の売買には届きません。逆に、各共有者は自分の持分については単独で処分できます。ただし持分だけを買っても、その土地に建物を建てて分譲することはできません。事業として成立させるには、結局は全員分をまとめる必要があります。
共有関係を解消する方法として、共有物の分割請求(民法第256条)と、協議が調わない場合の裁判による分割(民法第258条)があります。ただし時間がかかるため、事業のスケジュールに乗るかは別問題です。
3. 相続が絡む土地で最初にやること
相続が発生したまま登記が動いていない土地は珍しくありません。相続人が複数いれば、遺産分割が終わるまで相続財産は共有状態です(民法第898条)。この段階で「相続人の一人」と話を進めても、契約には届きません。
2024年4月1日から、相続によって不動産を取得した相続人は、取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をすることが義務づけられています(不動産登記法第76条の2)。この改正により、未登記のまま放置される土地は今後減っていく方向ですが、過去分の解消には時間がかかります。
実務では、まず相続人の範囲を確定させることが出発点です。戸籍の収集は司法書士の領域なので、早い段階で相談したほうが速い。相続人が何人いるか分からないまま価格の話をするのが、いちばん時間を無駄にする進め方です。
4. 借地権・底地の案件
底地(所有権)と借地権が別々の人に帰属している土地です。更地として使うには、両方をまとめるか、どちらかの権利を移転させる必要があります。
借地借家法では、借地権の存続期間は原則30年とされ(同法第3条)、更新の規定も置かれています(同法第5条)。借地上に借地権者名義で登記された建物があるときは、借地権を第三者に対抗できます(同法第10条第1項)。つまり、底地だけを買っても借地人には出て行ってもらえません。
進め方としては、底地と借地権の双方に接点を持ち、同時並行で条件を詰める形になります。どちらか一方だけと合意しても事業が組めないため、交渉のスケジュール管理が難しくなる類型です。
5. 私道・通行権・越境
建築物の敷地は原則として幅員4m以上の道路に2m以上接する必要があります(建築基準法第43条)。この道路には、特定行政庁から位置の指定を受けた私道も含まれます(同法第42条第1項第5号)。
問題になるのは、私道の持分がない、あるいは持分はあっても他の共有者の掘削承諾が取れない場合です。上下水道やガスの引き込みができなければ、宅地として成立しません。他の土地に囲まれて公道に通じない土地については、囲繞地を通行する権利が認められていますが(民法第210条)、これは通行についての規定であり、掘削の可否は別に整理が必要です。
越境は、越境物の特定と、将来の撤去についての覚書を取り交わすのが一般的な処理です。越境や私道の論点は、重要事項説明で説明すべき事項に関わるため、調査を曖昧にしたまま進めてはいけません(宅地建物取引業法第35条)。
敷地の外にある物が、面積と車の出入りを決める
越境物の処理と並んで、値付けの前に押さえておくのが「その土地のうち、実際に建築の対象にできるのはどこまでか」です。越境している部分を建築の対象から外したうえで、直線で区切った有効宅地の面積と、外した部分の面積をそれぞれ出してもらいます。この数字がないと、価格の根拠が組めません。土地家屋調査士や測量会社に図面を渡して依頼する作業なので、先方の担当者が不在であればその分だけ止まります。面積の算定を外に依頼する前提で、スケジュールに数日の余白を取っておいてください。
もうひとつは、敷地の前に立っている電柱です。位置によっては工事車両が入れず、通路の部分を駐車スペースとして使うこともできません。奥の区画を後から売る前提の土地であれば、そのまま売りにくさとして跳ね返ります。そして移設の話は、費用の検討より先に承諾の問題が立ちます。前面の建物の所有者や借地人の承諾が必要で、電線が複数つながっていれば電力会社側の判断も入るためです。
ですから交渉では、移設を要望の形で伝えるのではなく、移設を条件にした価格として提示します。承諾を誰が取りに行くかも、その場で決めます。買主側で動くと先に決めておけば、売主に借地人への説明をさせずに済み、条件がまとまりやすくなります。
抜いたあとの復旧は、誰がどの順でやるかで止まる
移設や撤去が決まったあとにもう一段あります。抜いたあとの地面を誰が直すかです。工事をした側は、安全上その場を掘ったままにできないので、まず埋め戻して簡易な舗装をします。そのうえで、あらためて本格的な復旧工事が組まれるのが通例です。建築現場では、ガスや水道の引き込みが同じ場所に絡むことが多く、事業者どうしの協業工事として分担が決まっていきます。
ここで気をつけるのは、相手の復旧工程を待つと、自社の工程がそのぶん後ろへ倒れることです。抜いた場所が建物の玄関まわりにかかっていれば、外構工事はその上で行います。セットバックが必要な土地なら、擁壁の設置も同じ場所です。相手が本復旧をしてから自社が剥がして作り直すのであれば、二重の工事になります。
実務では、どこまでを相手にやってもらい、どこからを自社で引き取るかを先に決めて提案します。埋め戻しと簡易な舗装までで足りるなら、その先は自社のセットバック工事と外構工事で仕上げる。そう組めば、相手の工程を待たずに前へ進みます。なお、工事日が確定するのは仮設の電線工事が終わってからになることが多いので、仮の日付で工程表を作り、確定したら差し替える前提で動かしてください。前提の日付を本番として扱うと、後ろの工程がまとめてずれます。
6. 専門家をいつ巻き込むか

- 司法書士:相続人の調査、登記の可否と手順、必要書類の洗い出し
- 土地家屋調査士:境界の確定、越境の特定、分筆の可否
- 弁護士:共有者間で対立がある場合、分割請求や交渉方針
- 税理士:売主側の譲渡所得や相続税の見通し。売却判断に直結する
4番目を軽く見ないでください。売主が売却をためらう理由が税負担であるケースは多く、見通しが立つだけで話が動くことがあります。なお、税務や法律の個別具体的な判断は各専門家の領域であり、仕入れ担当者が断定的に説明してはいけません。
境界や測量図の読み解きが絡む場面では、測量の基礎知識があると専門家とのやり取りが速くなります。関係の整理は測量知識と仕入れ営業の関係を整理した記事(測量士補・測量士 合格ナビ)が具体的です。
7. 交渉と時間の設計

関係者が複数いる案件では、全員に同じ話を同時に持っていくより、合意しやすい人から順に固めるほうが進みます。ただし後から条件差が発覚すると全体が崩れるため、提示する条件の整合性は最初に設計しておきます。
スケジュールは、通常の案件の2〜3倍を見込むのが現実的です。相続人の確定、境界の確定、承諾の取得。いずれも相手と役所の都合で進むため、自分の努力では短縮できません。
社内には、この時間の見込みを最初に共有しておくこと。稟議の通し方と資料の作り方は成果を出すコツをまとめた記事で扱いました。
関係者が多い案件ほど、条件を途中で動かすと相手の側の手続きが何度もやり直しになります。条件の後出しが用地仕入れの交渉を壊す仕組みと、書面で固める手順を別の記事に書きました。
8. この経験はキャリアの武器になる
権利関係を整理できる担当者は、どの会社でも希少です。他社が降りる案件を拾えるため、競合が少ない土俵で仕事ができます。
転職の場面でも同じです。棟数の多さより、「共有者5名の相続未了地を、司法書士と連携して◯か月で契約まで持っていった」という具体例のほうが伝わります。書き方は職務経歴書の書き方を解説した記事、面接での語り方は用地仕入れ営業の面接対策の記事にまとめました。
専門性を軸にしたキャリアの作り方はキャリアパスと昇進ルートを解説した記事、都心部で権利関係が絡む頻度については地方から東京への転職を扱った記事で触れています。
9. よくある質問
共有者の一人と連絡が取れません
所在不明の共有者がいる場合の手続きは法律上用意されていますが、要件と期間があります。司法書士や弁護士に早い段階で相談し、事業スケジュールに乗るかを判断してください。
宅建士の資格は必要ですか
担当者本人に必須ではありませんが、法令上の制限と権利関係を体系的に学べるため、この分野では効きます。実務での効き方は宅建士が実務でどう効くかを検証した記事で検証しました。
未経験者が担当できますか
単独では難しい領域です。ただし先輩の案件に同行して、登記簿と公図の読み方から入るのが定石です。入口は不動産仕入れ営業の仕事内容をまとめた記事をどうぞ。
まとめ
権利関係が複雑な土地は、交渉力ではなく設計力で決まります。誰の同意が法律上必要かを先に確定し、専門家を早く巻き込み、時間の見込みを社内と共有する。この3つが揃えば前に進みます。
そして、この領域を扱えることが、そのまま自分の希少性になります。難しい案件を避けずに一件やり切ると、次からの見え方が変わります。
出典・参考情報(2026年9月20日確認)
- 民法第249条〜第252条(共有物の使用・変更・管理)、第256条・第258条(共有物の分割請求および裁判による分割)、第210条(公道に至るための他の土地の通行権)、第898条(相続財産の共有)
- 不動産登記法第76条の2(相続登記の申請義務。2024年4月1日施行)
- 借地借家法第3条(借地権の存続期間)、第5条(更新)、第10条(借地権の対抗力)
- 建築基準法第43条(敷地等と道路との関係)、第42条第1項第5号(位置指定道路)、第42条第2項
- 宅地建物取引業法第35条(重要事項の説明)
※本記事は一般的な整理であり、個別の案件に対する法律・税務の助言ではありません。共有関係の処理、相続手続き、借地権の扱い、税負担の見通しについては、司法書士・土地家屋調査士・弁護士・税理士など各分野の専門家にご相談ください。法令は改正されることがあるため、最新の条文をご確認ください。
対象は






